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朝鮮民話「ほとけが選んだむこ」
 ある山里にトルセという柴刈りの若者がいました。かれは暮らしが貧しいので、嫁ももらえませんでした。
 トルセは年下の若者たちが嫁をもらってまげを結っているのに、あごひげが生える年になっても、背中に編み髪を垂らしているのが恥ずかしくてなりませんでした。
 それで、なんとかして嫁をもらおうと思っていましたが、貧しいトルセに娘をくれる親はいませんでした。
 (さて、いつまでたってもひとり暮らしなのか…)
 トルセはゆううつになりました。そこで嫁のきてが現れるのを待たないで、なんとしてでも自分で見つけようと思いました。
 ある日のこと、トルセは柴刈りの帰りに、柳のおい茂った泉のほとりで水を汲んでいる美しい娘を見かけました。



 黄色のチョゴリに黒いチマ、つやつやしたお下げ髪には薄絹のリボンをつけています。
 心を引かれたトルセは、娘のそばへ寄っていき、重たそうに持ち上げようとしている水がめをすばやく頭にのせてやりました。娘は若者の顔をちらっと横目で見ると、顔を赤らめ急いで立ち去りました。トルセは口もきけなかったのでがっかりしました。
 (どこの娘だろう。あとをつけていこうか)
 ぼうぜんと後ろ姿を眺めていたトルセは、思いきってあとを追いました。
 娘は水がめのしずくを指ではらいながら、しおり戸のついたわらぶき家へ入っていきました。
 トルセは柴を背おったまま戸の外に立っていましたが、「ごめんください」と、あらたまった声で呼びかけました。すると戸が開き、年輩の女が顔を出しました。
 「どなたですか。何かご用で…」
 「薪はいりませんか」
 「よく乾いた薪ならもらいましょう」
 主婦はしおり戸をあけてトルセを庭に招き入れました。みすぼらしいわらぶきの家ですが、手入れはゆきとどいていました。
 トルセは庭にしょい子をおろして縁側に座り、水を一杯求めました。主婦は台所から水を汲んできてさし出しました。
 トルセはどんぶりを手にして、さりげなくたずねました。
 「娘さんがおいでなのに、どうしてお年寄りが水を汲んでくださるのですか。若者は娘さんが汲んでくれる水がおいしいのですがね」
 「うちに娘がいることを、どうして知ってるんです?」
 主婦はつっけんどんに答えて、トルセをにらみつけました。
 「チョウは花をしたい、若者は娘にひかれるのがあたりまえじゃありませんか。縁があるかどうか見合いでもさせてくださいよ」
 「なんですって、あんたのような人はまっぴらごめんだよ。さっさと出ていっておくれ」
 主婦は怒ってトルセの背中を押しました。だがトルセは、どうせ話を切り出したからにはと、ずけずけ言いました。
 「ほら、ちょっとした男前じゃないですか。そう怒らずに、願ってもない福の神が現れたと思って、娘さんに一目合わせてくださいな」
 「ふん、薪売りのくせに、なにさ福の神だなんて…
 お前のようなむこなんか、おことわりだよ」
 「貧乏人は貧乏人同士でうまが合うというもんです。わたしは働き者で心もやさしいんですよ。いったいどこが気に入らないんですか」
 主婦はそれには答えようともせずに、「さあさあ、もういいから帰ってください」と言って、トルセを追い出してしまいました。
 「薪とりをしていたんじゃ嫁ももらえんのか」
 がっかりしたトルセは、それからというもの嫁をもらうことなどきっぱりとあきらめ、ただ黙々と仕事にうちこんでいました。
 数日後のことです。柴刈りに山へ行ったトルセは、雨が降り出したのでケヤキの木の下の地蔵堂へ入っていきました。ところがそこには、一人の女が仏像の前に食べ物を供えて、しきりに祈っていました。
 「ほとけさま、うちのひとり娘を金持ちの家にとつがせてくださいまし。娘を頼りに細々と暮らしているこの後家をあわれに思って、りっぱなむこを世話してくださいまし」と言いながら、両手をすり合わせていました。



 (娘のことならほとけに祈るよりも、おれに祈ればよいものを…)
 トルセは笑いをこらえて、その女に目をこらしました。
 するとどうでしょう。それはこの前かれを追い出した主婦ではありませんか。そこでかれは、あのときの仕返しをしてやろうと思いました。
 (あ、腹がへった。あの供え物から先にたいらげてやろう)
 仏像の後ろにかくれていたトルセは、そっと供え物に手をのばしました。祈りごとに夢中になっていた主婦は、供え物が盗まれるのにも気がつきません。トルセは餅やチジム(お好み焼に似た食べ物)、ゆで玉子などを取ってふところに入れました。
 ふと顔をあげた主婦は、供え物がなくなったのを見て、ほとけが食べたものと思い、しきりに手をすり合わせました。
 「ほとけさま、わたしの真心を汲みとってくださってありがとうございます。たくさん召し上がってくださいまし」
 「うむ、せっかく運んできたごちそうだからな」
 こうつぶやいたトルセは、ほとけの声をまねて叱りつけました。
 「なんじゃ、これは。食べ物がまずいぞ。真心がかよっとらん。これはきっと罪をおかした手でこしらえたものにちがいない。それで食べ物がけがれたのじゃ」
 「はい、恐れ入ります」
 主婦は食べ物がまずいととがめられたので、地べたに身を伏せて顔もあげられません。 トルセはなおも責めたてます。
 「この罪をぬぐうためには、あすから15日のあいだ、娘のけがれのない手でこしらえた食べ物をもってきて供えるのじゃ」
 「は、はい、仰せのとおりにいたします」
 家に帰った彼女は、真心をこめて食べ物をつくるようにと娘に言いつけました。そして毎日、昼どきになると、それを地蔵堂に運び、仏前に供えて祈りました。
 一方、トルセは、毎日、昼食どきになると、柴刈りの手を休めては地蔵堂に入り、その供え物を食べました。最後の15日目には、トリのむし焼きやブタのばら肉、腸づめなどたいへんなご馳走が膳に並びました。
 トルセはそれもすっかりたいらげて、おごそかに言いました。
 「たいしたご馳走だ。そちの真心をめでて縁結びをしてつかわす。あすの昼ごろ、川辺で釣りをしている若者をむこに迎えるがよい」
 「ありがとうございます」
 翌日、ほとけに言われたところへ行ってみると、はたして釣り糸を垂れているおっとりとした若者がいました。
 主婦は駆けよってその手を取りました。ところがなんと、それはあの薪売りの若者ではありませんか。
 でも主婦はほとけが縁結びをしてくれたむこなので、いまさら何も言えません。かえって、かれを冷たくあしらったことが悔やまれました。
 「ほとけさまが選んだおむこさんとも知らず、すんでのところで、転がりこんだ福の神をしめだすところだったわ。さあ、うちへまいりましょう」
 「いや、両班の息子が貧乏人の娘と緑を結ぶわけにいきません」
 トルセはわざと断り、それとなく相手の顔色をうかがいました。
 彼女はぎくりとしました。
 「でも、ほとけさまが縁結びをしてくださったんですもの、断ったら罰が当りますわよ。うちの娘は暮らしは貧しくても、きりょうよしで気立てもやさしいのですから…」
 彼女は知恵の深そうな男前のトルセに、縁談を断られはしまいかと気をもみました。
 トルセはいかにも気のりがしないといったふうに婦人に伴われていき、例の娘と婚礼をあげました。彼女はその後、トルセにだまされたと知りましたが、かれをむこに迎えたことで後悔はしませんでした。それは、かれが心がやさしいうえに働き者だったからです。